オカルトを信じるユーザー心理

『この台の~~~の時に、***すると当たり易いんだよねー。』

『この台(完全確率の台)の~~G付近、当たるんだよねー。』

店員として日々お客様と接していると、会話の中でこんなような事をよく聞く。
私は、決まって、


「いやいや、関係ないですyo~」

中には、そうなの?と言う人もいる。
確かに中身をわかってなければ、こういったオカルトを信じるのもわからないでもないかな・・と思う。

そもそもオカルトが信じられる原因は?

あとは超常現象、と言うと少々大げさだけど、例えば、都市伝説とか、陰謀論だとか、信じる事そのものにロマンがあるw
私は霊感と呼ばれるものは一切無いけど、超常現象的なものは信じているw

目に見えない力や自分の力では計り知れないものにはやはり惹かれる。
科学的根拠や論理的根拠はないんですがねw

話を戻しますが、こんな経験はないでしょうか?

何か問題や解決すべき事柄がある。

考えた末、Aという方法を取ったら、自分の行っていることが成功しました。

 

次に同じような事があった場合、おそらくAを行う、もしくはAをベースに解決に乗り出すのではないでしょうか?
全くアプローチの違うZという方法を取るのはかなり勇気のいる選択。
失敗が許されない状況・失敗=損失のような状況であればあるほどそうでしょう。

私ももちろん経験がありますが、人間は過去の成功体験を繰り返すもの。

 

失敗しても良いやと気軽に取り組めるような事であれば気楽にアプローチを変えることが出来るかもしれませんが、
異、失敗が許されない・取り返しがつかない、こんな状況であったなら成功体験を元に解決に当たるのは自然な流れと言えるでしょう。

オカルトを信じてしまい盲信する傾向は他に判断材料を持たないが為というのもあるかもしれませんが、
この過去の成功体験の繰り返しをしているというのが一番多いと思う。

論理的根拠のないものはオカルト


オカルトというのは所詮人間の感覚を根拠に語られるもので、そこに論理的な根拠は存在しません。

この台の~~~の時に、***すると当たり易い

~~は**G付近で当たりやすい。

冒頭のこういったものは最たる例。

確率の仕様上多くなったり、成功体験を繰り返しているからこそ。
信用に値する数のサンプルを集め、それを論理的に説明できるならオカルトではなく、
論理になり得ますが、そもそも根拠の無いものなので説明するのは不可能でしょう。

オカルトの価値

オカルトを立ち回りの判断に用いるのは私は完全否定です。
以前に、こちらの記事で触れましたが、パチ屋で負け続ける人の共通点
論理的根拠の無いオカルトで負ける人に多いのは責任転嫁。自己責任であって他人に転嫁するものでも・するべきものでも無い。
何しろ根拠が皆無ですからw

ここまで言っているとオカルト完全否定派なように聞こえるかもしれませんが、
私はどちらかと言えば肯定派なんです。

というのも、オカルトというのは楽しみ方の1つという解釈でいるから。
例えばジャグラー。100G以内のペカりが多いだけに、100G内は連チャンしやすいと認識している人も多いでしょう。
論理的な根拠など無いので完全にオカルト。
しかし、このオカルトを信じている人と信じていない人では100G内の楽しさが違うでしょう。
100G内はドキドキできるでしょうし、冷めてやっているよりは余程楽しんでいると言えるのではないか?
と私は思っています。

昨今ではまるでオカルトが悪であるかのような言われ方をする風潮がありますが、
その人が気持ちよく遊べるのであれば、楽しみ方の1つとして解釈すれば決して悪い事ではないと私は思います。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 1クリックお願いします

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。